
経済部 シニアエコノミスト
財務省によると、2024年の経常収支は29.3兆円(前年比+29.5%)と、比較可能な1985年以降で過去最高を記録しました。為替相場が1ドル=151円48銭と、2023年から7.8%円安方向に振れていたことを踏まえると、外貨建て換算の経常黒字も増加したといえ、為替効果のみによって増加した訳ではありません。経常黒字は、日本企業等が海外で稼ぐ力を表しており、その力が高まっていると言えます。黒字が拡大したことよりも、むしろ経常収支に大きな変化が生じている点が注目されます。
内訳を見ると、貿易収支は▲3.9兆円と赤字が継続しました。輸入以上に輸出が増加したため、貿易赤字は2023年から2.6兆円ほど縮小しました。貿易赤字が定着している中で、注目されるのは、取引額が拡大していることです。輸出は2年連続、輸入は3年連続で100兆円を上回っています。輸出入を合わせて213.6兆円の財が国内外を移動した計算です。また、200兆円を超えたのは、3年連続となりました。
また、サービス取引の存在感がますます大きくなっている上、その取引内容が捉え難い点が注目されます。サービス収支は▲2.6兆円の赤字でした。赤字額は2022年の▲5.6兆円、2023年の▲2.9兆円から縮小してきました。収支の赤字が縮小してきた一方で、サービスのやり取りは増加しています。実際、2024年のサービスの輸出(受取)は34.2兆円となり、2022年(22.4兆円)、2023年(29.1兆円)から拡大しています。サービスの輸入(支払)も36.8兆円と、2022年(28.0兆円)、2023年(32.0兆円)から拡大しました。サービスのやり取り(受取と支払の合計)は71.0兆円まで膨らんでいます。
財に比べると、サービスは形がないので見え難い点が指摘できます。その中でも比較的見えやすいものとして、例えば、財のやり取りに付随する海上・航空輸送サービスが利用された分は、サービスの取引とされ、計上されています。また、訪日観光客の消費が、サービスの輸出であり、日本人の海外旅行や出張がサービスの輸入として扱われます。これらはサービス収支の中では比較的分かりやすいサービスです。
それに対して、内容が分かりにくいのは「その他サービス」の項目で、しかもその赤字が▲7.9兆円もあります。もちろん、その他サービス収支の内訳を見ると、黒字の項目もあります。例えば、親子会社間のロイヤルティーが多い知的財産権等使用料(3.3兆円)や金融サービス(0.7兆円)、建設(0.3兆円)などです。しかし、委託加工サービス(▲0.4兆円)や維持修理サービス(▲0.9兆円)、保険・年金サービス(▲3.2兆円)、通信・コンピュータ・情報サービス(▲2.5兆円)、その他業務サービス(▲5.2兆円)などの赤字が膨らんでいます。これらの取引が日常生活やビジネスに関連している点に注目することが重要です。
例えば、保険・年金サービスは、変額年金などの再保険の手数料の支払いが多く、資産形成に関わるところで、間接的に赤字拡大要因になっています。また、保険に関連するところでは、再保険の元本部分の扱いによって、第2次所得収支の赤字も拡大しています。また、いわゆるデジタル赤字は▲6.7兆円と、2023年(▲5.5兆円)からさらに拡大しました。デジタル化を進めることで、結果的に海外への支払いが増えてきました。それに加えて、IT企業の日本法人と契約したとしても、その会社が収益をあげれば、直接・証券投資収益として海外への支払いが増えることにもなります。
その第一次所得収支は40.3兆円の黒字となり、黒字額は2023年(36.2兆円)から拡大しました。受取額は65.5兆円、支払額は25.3兆円まで膨らんでいます。内訳を見ると、直接投資収益は24.6兆円、証券投資収益は14.3兆円へと増加しました。直接投資収益では海外現地法人の収益性の改善などから配当金・配分済支店収益(12.3兆円)が増加し、証券投資収益では利上げの影響から債券利子が14.5兆円になりました。海外の利上げによって、受け取る利子が増えた一方で、日本銀行の利上げによって支払う金利も増加しつつあります。例えば、債券利子のうち短期債の支払いは2024年11月に、2015年4月以来のプラスになりました。マイナス金利の債券は、統計上割引債のような扱いを受けており、2015年5月から2024年10月まで短期債の支払ではマイナスの値が計上されていました。プラスと言ってもまだ小幅であるため、支払は少額ですが、今後利上げが進み、長期金利も上昇していくと、債券利子の支払の存在感も、現在よりも大きくなると考えられます。利上げの影響が経常収支にも表れている一例と言えます。
海外で稼ぐ力を高めていくためには、海外への投資も欠かせません。金融収支のうち、直接投資(29.1兆円)は2023年(24.1兆円)から増加した一方で、証券投資(14.1兆円)は2023年(27.8兆円)から減少しました。新NISAによる海外証券の購入があった反面、売却額も膨らんでおり、証券投資のうち株式・投資ファンド持分(▲5.6兆円)と2023年並みにとどまりました。
また、懸念されるのは、2010年代半ば以降、直接投資の増加ペースが鈍ってきたことです。直接投資が増加していかないと、将来の稼ぐ力を十分育てられていない恐れがあるからです。もちろん、日本国内から投資マネーを出すのではなく、海外現地法人であげた収益を回しているという一面もあります。海外現地法人の内部留保である収益の再投資(12.1兆円)は2023年(11.8兆円)から増加しており、これが海外現地法人の運転資金や設備投資資金に当てられることになります。しかし、しっかりと海外投資を行っていかないと、将来の稼ぐ力を損なうことになりかねないので、直接・証券投資が増加していくかが重要です。ちょうど、石破首相がトランプ大統領と会談した際に、対米直接投資残高を2023年末の約7,800億ドルから1兆ドルまで増やすと表明したこともあり、直接投資がどのように増加していくのかも注目されます。
このように米国の関税政策の影響に加えて、日本企業のビジネスモデルの変化なども、経常収支に表れてきます。しかも、これらが実需として円相場にも影響を及ぼすことにもなります。しかし、サービス収支で言及したように、経常収支の数値の裏で、どのような取引が行われているのか、円相場の実需としてどのように影響するのかも捉え難くなっていることも事実です。そのため、経常収支の数値とともに、どのような取引があるのか、実際のビジネスの姿も考えていくことが、ますます重要になっています。