経済部 シニアエコノミスト
今年は、秋がなかなかやって来ない、と思っていたら、あっという間に寒くなり、もう12月になりました。年末になると、「来年はどうなるのか?」が必ず話題に上ります。日本の貿易収支や経常収支の見通しに特化したものとして、日本貿易会の「我が国貿易収支、経常収支の見通し」があります。この見通しは1974年から始められ、今年で51年目になります。また、マクロの数字のみではなく、「貿易統計」の概況品分類での積み上げ方式をとっている点も、一般的な見通しとは異なっており、特徴的です。
この見通しでは、2024年度の輸出額は108.4兆円(前年度比+5.3%)になり、4年連続で過去最高を更新すると見込まれています。2025年度も108.2兆円(同▲0.2%)と高水準を維持する見通しです。輸出額は、円安・ドル高効果もあって、2023年度に初めて100兆円の大台を上回りました。ただし、2024年度の輸出の数量は、2023年度に続いて減少する見込みです。輸出数量の動きが鈍いため、価格効果を除いた実体として、国内における生産や雇用の誘発効果がそれほど高いものではないと言えます。2025年度には輸出数量は+2.3%と持ち直すものの、2022年度の水準には戻らない見通しです。
輸入額は2024年度に112.1兆円(同+2.9%)へと増加、2025年度に102.2兆円(同▲3.5%)と2023年度並みに戻る見通しになっています。2024年度について、輸入数量が▲0.7%と小幅に減少する一方で、為替効果や資源価格の上昇が残り、輸入価格は+3.6%へと上昇する見込みです。2025年度は反対に、輸入数量が+2.3%と持ち直す一方で、輸入価格は▲5.6%と低下する見通しです。コロナ禍後、特に対ドルの円相場が大幅に円安・ドル高方向に推移したため、その調整過程が続き、資源価格も緩やかに低下する前提になっているため、価格押し上げ効果が剥落するという見方です。
今回の見通しでは、貿易収支は2022年度に記録した過去最大の▲22.1兆円から縮小し続ける姿が描かれています。2023年度の▲6.1兆円から、2024年度には▲3.7兆円へ貿易赤字は縮小、2025年度にはおおむね均衡すると見通されています。そのため、コロナ禍前の2018年度には▲1.6兆円、2019年度には▲1.3兆円だった貿易赤字額がどこまで縮小していくのかが注目されます。
また、経常収支は2023年度の26.6兆円の黒字から、さらに拡大する姿が予想されています。2024年度は29.1兆円、2025年度には29.9兆円と高水準が続く見通しです。貿易収支やサービス収支が赤字でも、第一次所得収支の黒字によって、経常収支の黒字が継続すると見通されています(詳細な品目の見通しについては、「我が国貿易収支、経常収支の見通し」をご参照ください)。
2025年には、米国では第2期トランプ政権が発足し、欧州でもドイツで総選挙、フランスでも政治が落ち着くのか予断を許さず、中国景気の回復も見通し難い状況で、貿易、経常収支の先行き不透明感が強いと言えます。こうしたときには、やや長い視点から整理してみておくことも重要です。
貿易収支、経常収支の歴史的な変化に思いを馳せると、現実とは異なる議論がたまに見られます。例えば、円安・ドル高になると、輸出額が増えるという話があります。コロナ禍後、円安・ドル高になったにもかかわらず、輸出数量は増えず、価格効果によって輸出金額が増えてきました。もちろん、コロナ禍後の供給網のボトルネックや2024年の認証不正問題など、供給側から下押し要因があったことは事実です。しかし、それでも輸出数量は増えていません。国内の生産能力は削減方向にあり、積極的に輸出を増やす体制にはないからです。輸出が需給の調整弁という意味合いも、以前に比べて増しています。企業は収益性を確保するために、国内需要などを対象に稼働率を高めて操業することを念頭に置いています。また、円高が、輸出企業の6重苦に数えられたほど重石だった経験から、円高耐性を強めてきたことも挙げられます。円高に強くなったということは、為替相場の変動に左右されにくいということを意味し、円安になっても輸出が増える構造ではありません。
一方で、輸入では、食料やエネルギーなど生活必需品が多く、この部分は為替には左右されにくいと言えます。生活必需品なので、価格が上昇したからといって、数量を大幅に減少させることも難しいからです。そのため、資源価格の上昇と円安が重なった2022年以降、多額の貿易赤字を計上することになりました。
また、海外から日本への対内直接投資が少ないという指摘も多く聞かれます。それは、海外投資家から見ても、日本の収益性が魅力的になるように、日本のビジネスの収益性を高めるという点では意義があります。しかし、海外から投資をしてもらうのは、タダではありません。収益があがれば、それは第一次所得収支の支払として、海外に投資収益を支払うことになります。そのような収益性のある案件であれば、海外資金ではなく、国内資金で投資すればよいはずです。収益性のある事業を国内資金で賄えたからこそ、対内直接投資が少ないという面もあるのでしょう。
実際、2010年代半ばから、対外直接投資の増加ペースは減速しています。そのころ、海外投資のリスクが高まった一方で、国内投資の収益性、たとえば国内企業の売上高経常利益率が海外子会社を上回るようになるなど、企業の事業環境も変化してきました。
年末ですので、貿易収支、経常収支の見通しとともに、その中にある変化、ビジネスのチャンスとリスクを考えることも、また重要だと思います。