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【#14】一歩先を行くユーロ圏


MIRAL LAB PALETTE × SCGR企画 SC Kaleidoscopeでの様子


経済部 シニアエコノミスト



ユーロ圏の物価上昇率は、一足先に2%に到達しました。EU統計局(Eurostat)によると、9月の消費者物価指数(HICP)は、前年同月比+1.8%となり、2021年6月以来3年3か月ぶりに2%を下回りました。単月とは言え、欧州中央銀行(ECB)の中期目標である2%を下回ったことになりました。それに対して、8月の米国の個人消費支出(PCE)物価指数は同+2.2%、日本の8月の消費者物価指数(CPI)が同+3.0%と、それぞれ2%目標まで距離を残しています。

 

ユーロ圏のHICPの上昇率を振り返ると、2022年10月に+10.6%と直近ピークを付けました。ECBが物価抑制のために金融引き締めを実施したこともあり、上昇率は2023年7月に+5.3%に半減し、さらに2024年2月に+2.6%へと半減しています。しかし、3~4月に+2.4%まで低下した上昇率は2%目標を目前に反転、5~7月にかけて+2.5~+2.6%とやや盛り返しました。ラガルドECB総裁はこの時期を踏まえて、物価上昇率が「でこぼこ道」を進んでいると表現していました。この時期に、物価上昇率がやや拡大した原因は、それまで低下してきたエネルギー価格が、前年の反動もあって上昇に転じたり、食料品の上昇率がやや拡大したりしたことでした。また、ドイツのエネルギー政策なども影響していたと考えられます。廉価かつ定額で公共交通機関を利用できる月額チケットを物価高騰対策として前年に導入していた反動で物価上昇率が拡大したことも、ユーロ圏の物価を押し上げた要因です。

 

足元にかけて物価上昇率が縮小していることは事実であるものの、懸念も残っています。例えば、9月のユーロ圏のHICPの内訳を見ると、日常生活に関連が深い食料品が+2.4%、サービス価格が5か月連続の4%台となる+4.0%と、高い伸び率を維持しています。それに対して、エネルギーが2か月連続のマイナスとなる▲6.0%であり、物価押下げの主因でした。そのため、実質的には高めの物価上昇が依然として続いていると言えます。実際、物価の基調を表す食品とエネルギーを除くコア指数は+2.7%と2%台後半を推移しており、物価の基調は依然として強めです。

 

このように物価を見る上で、物価の基調にも注目する必要があります。ECBも政策金利を決める上で、物価の基調も重視しています。事実、ECBは理事会後に発表した声明文で、「政策金利は、入手する経済・金融指標に基づく物価見通し、物価の基調、金融政策の伝達力の3つの評価に基づき決定される」と記載しています。なお、ECBスタッフの経済見通しによると、消費者物価上昇率が2024年に+2.5%、2025年に+2.2%、2026年に+1.9%となる一方で、コア指数はそれぞれ+2.9%、+2.3%、+2.0%となると予想されています。

 

物価抑制と歩調を合わせて、ユーロ圏は、金融政策も一歩先を進んでいます。ECBは6月に0.25%の利下げを実施し、9月にも0.25%の追加利下げを実施しました。それに対して、米連邦準備理事会(FRB)は9月にようやく利下げを開始したところです。

 

利下げと同時に、景気への懸念も、先行して見えています。ユーロ圏の経済成長率は2023年にほぼ横ばいでした。言い換えれば、金融政策の狙い通りソフトランディングしていたことになります。2024年上半期に持ち直しつつあったものの、ユーロ圏の景気の先行き懸念はむしろ大きくなっています。例えば、ドイツ経済は2024年に2年連続でマイナス成長に陥るという見方が浮上しています。フランスでは財政健全化のために、歳出削減と増税が検討されています。ユーロ圏経済では、けん引役が不在であり、むしろ懸念材料の方が大きくなっています。その一方で、過去の急ピッチな利上げだったにもかかわらず、米国経済は、労働市場への配慮が必要になっているとはいえ、これまでのところ堅調に推移しており、ユーロ圏経済ほどの弱さは見られていません。

 

コロナ禍とその後の物価高騰などから、欧州政治に右傾化(一部に左傾化)する動きが見られています。また、背に腹は変えられないと、気候変動対策にも揺り戻しの動きもあります。もしかしたら、こうした一面も、ユーロ圏が一歩先を進んでいる要因になっているのかもしれません。しかし、それは同時に先行き不透明感をさらに強めていることにもなりかねないため、さらなる警戒感が欠かせないでしょう。

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