国際部 シニアアナリスト
インド映画『RRR』が2022年に世界中で大ヒットしました。ご覧になった方も多いかと思います。私も公開後すぐに映画館に見に行き、大いに楽しみました。超高速ダンス「ナートゥ・ナートゥ」がアカデミー賞歌曲賞を獲りましたが、あの場面は、ロシアがウクライナに侵攻する前にキーウで撮影したと聞いて驚いたものです。
コテコテのインド映画が日本を含め、これだけ世界の多くの人々を魅了するのは、私のような昔からのインド映画好きには驚きでもあり、嬉しいことでした。ただ、少しだけ引っかかる点が二つありました。
一つは、政治性です。この作品は実際のインドの反植民地闘争をベースにしたフィクションで、主人公のラーマとビームにも、モデルとなった独立運動家が存在します。また映画のエンディングには、スバース・チャンドラ・ボースをはじめとする8人の実在した英雄的な運動家や指導者が巨大な像のように現れ、主要キャラたちがその前で歌って踊ります(ちなみに最後には、オマケのように監督のS・S・ラージャマウリ自身が登場します)。
もともとインドは愛国心が強いお国柄であり、インドの反植民地闘争を題材にした映画は作られているのですが、それにしてもこの『RRR』は、過去の作品と比べても国威発揚の雰囲気が強く感じられます。また、最後に登場する英雄たちにはマハトマ・ガンディーや初代首相のネルーが含まれていません。
この背景には、インドが近年大きな経済発展を遂げ、世界的に注目される一大新興国となって自信を深めていること、現モディ政権がナショナリズムを強調する統治を行っていることがあると思われます。現地のインド人の友人からも、この映画は大ヒットしたが、その政治性の強さは物議を醸したと聞きました。
ガンディーやネルーが外されていることは、野党である国民会議派に連なる人脈であることが意識されていると思われます。ネルーについては歴史的な評価が変わりつつあり、教科書から記述が消えていることなども、以前から現地で聞いていました。
監督のラージャマウリは『バーフバリ』シリーズでも有名ですが、こちらもインドのナショナリズムを感じさせる作品でした。それは、この作品がヒンドゥー・ナショナリズムの重要な柱となる古代叙事詩「マハーバーラタ」をモデルにしているからです(なお映画はインド版『三国志』『キングダム』『ゲーム・オブ・スローンズ』のような趣きで、インド人が憧れる英雄像を知るという観点で見てもおもしろいと思います)。
また、『RRR』の主人公の1人はラーマ、その恋人はシータといいますが、これは「マハーバーラタ」と双璧をなす古代叙事詩「ラーマーヤナ」のヒーローとヒロインの名前と同じです。やはりヒンドゥー・ナショナリズムへの監督の強い思い入れが感じられます。
もう一つ引っかかったのは、暴力描写の激しさです。インド映画の魅力の一つは「やりすぎ」な演出にあり、見慣れている人なら違和感はないと思いますが、私はインド映画を見たことがない人と見に行ったので、見ているうちに正直、「大丈夫かな?」と不安になりました。
しかし、あまり問題はなかったようです。日本を含め世界的に大ヒットしましたが(あれだけ悪役にされた英国でもウケた、と聞いて驚きました)、暴力や残虐描写はさほど問題視されていなかったようでした。この時代にちょっと意外でしたが(自爆テロや親が子どもを戦闘に巻き込むところなど、かなり微妙と思いました)、インド映画だからということで気にされなかったのでしょうか。
なお本作品は、インド南東部で使われている、インドの22の指定言語のひとつであるテルグ語の映画ですが、インド映画の中でもテルグ語映画は特に暴力描写が激しいということもあります。『バーフバリ』もテルグ語映画でした。
また主人公の1人ビームを演じたN・T・ラーマ・ラオ・ジュニアは、テルグ映画界の伝説的なスターで、アンドラ・プラデシュ州の首相にもなったN・T・ラーマ・ラオの孫です。今年5月のアンドラ・プラデシュ州議会選挙で勝利して州首相に返り咲いたチャンドラバブ・ナイドゥはN・T・ラーマ・ラオの娘婿です(私はこの選挙があったとき、アンドラ・プラデシュ州に出張して、ナイドゥ氏の最近の動向や評判を聞いていました)。
話が少しそれましたが、『RRR』のインド映画らしいエクストリームな魅力は、過激な場面を含めて世界の多くの人に受け入れられ、国威発揚のトーンもそこまで気にされなかったようです。もしかしたら世界的にナショナリズムが強まっていることも影響したのかもしれません。いずれにしても、これをきっかけにインド映画に興味をもつ人が増えるのであれば、それは素晴らしいことだと思います。
ただ私としては、インド映画はこういう作品ばかりではないということもお伝えしたいと思います。たとえば、『RRR』と同じように、英国植民地時代のインド人の抵抗を描いた作品として『ラガーン』(2001年公開)があります。
大スターであるアーミル・カーン演じる主人公はどこにでもありそうな村の若者で、『RRR』の主人公のような英雄ではありませんが、勇敢に英国人に立ち向かいます。彼は超人的な力を発揮するわけではなく、機転を利かせ、なんと英国がインドに持ち込んだ(今はインドで国民的な人気がある)スポーツであるクリケットで勝負をつけようとするのです。
インド人の外国の支配に立ち向かう勇気や不屈の精神は伝わってきますが、敵愾(てきがい)心をあおったり、暴力を肯定するようなメッセージは感じられません。それよりも、明るいユーモアやスポーツのエキサイティングさ、厳しい状況の中で生まれる意外な恋愛や友情など、温かい人間ドラマが胸を打ちます。インドのナショナリズムをテーマとする作品でも、こういう描き方もできるのだなと感銘を受けます。
ちなみに『RRR』と『ラガーン』が共通していることの一つは、インド人の主人公が英国人の若い女性を惹きつけ、道ならぬ恋に踏み込みそうになる(でもならない)ところ。お約束のパターンのようですが、そういうところも含めて、インド人が植民地時代や外国人を、現代の視点から歴史としてどのように見ているかを知る上でも示唆に富みます。
ということで、『RRR』でインド映画に興味をもった方には、ぜひ『ラガーン』も見て欲しいと思います。『RRR』とはまた異なる、豪快でありながら細やか、やり過ぎだけどどこか優しさが感じられる、そんなインド映画の奥深い魅力が味わえると思います。『RRR』 のヒットを聞いてインド映画に興味をもったがあまり激しいのはちょっと……という方にもお勧めです。