国際部長 シニアアナリスト
今からちょうど20年前の2004年、アメリカではインテリジェンスをめぐる大きな行政改革が行われました。きっかけは、2001年9月11日に起きたアメリカ同時多発テロです。連邦議会の諮問委員会が事件の経緯、アメリカ政府のテロ対策の問題点などを報告書にまとめ、2004年7月に公表したところ、当時、100万部を超えるベストセラーとなり、政府出版物としては異例の売り上げを記録しました。
アメリカ政府がテロ攻撃を事前に察知する機会はあったものの、複数の情報機関の間で情報を有効に共有できなかったことが、未曽有のテロ攻撃を許してしまった一因であると、報告書をまとめた独立調査委員会は結論付けました。折しも、2004年当時、イラク戦争開戦の口実となった大量破壊兵器をめぐる情報の誤りも明らかになり、インテリジェンスの失敗、情報機関の失態は重要な政策課題でありました。
そうした社会の空気の中で、2004年12月、アメリカ連邦議会で新法が成立。情報機関コミュニティを統括する「国家情報長官」の設置が決まり、さらにテロ情報の分析にあたる「国家テロ対策センター」が立ち上がります。国家情報長官に求められたのは、目的も、能力も異なる、バラバラの情報機関が仕立て上げるインテリジェンスを統合し、合衆国大統領の情報幕僚として機能すること。そして、国家テロ対策センターという寄り合い所帯では、中央情報局(CIA)、連邦捜査局(FBI)、国防総省などの人材を集め、カルチャーの異なる組織、人材の間で、情報を共有させ、同じ釜の飯を食わせることを狙いました。こうした試みの成果なのか、以後、アメリカ本土では9/11事件に匹敵するテロ攻撃は起きておらず、2011年5月には同時多発テロ首謀者であるウサーマ・ビン・ラーディンをパキスタンにて殺害する軍事作戦の実施にまで至ります。
その後、情報の収集や分析をめぐる環境は大きく変わりましたが、20年前にアメリカの情報機関が取り組んだ、インテリジェンスの統合という課題は、形を変えつつ存在しています。例えば、企業からすれば、外部の変数ばかりが複雑かつ不透明になったようにも感じられる昨今ですが、実はグローバル・サプライチェーンの一部である企業自身が地政学上のプレイヤーでもあり、欲した覚えはないかもしれませんが、重要な情報と手段を手にしています。政府の情報機関から見れば、インテリジェンスの統合を図るに際しての材料も、パートナーも広がったことになります。さらに、各国政府が秘匿する情報の枠外で入手可能なデータ量が爆発的に増えており、それらをいかに統合して、意味のある情報加工品に仕立て上げるかという、決して新しくはないものの、大切な課題が広く認識され始めています。
住友商事グローバルリサーチの役割は、情報の欠片を突き合わせ、その価値を見定めつつ、パズルを組み上げて、ビジネス活動に資する「補助線を引く」ことです。インテリジェンスなどという物々しい言葉を持ち出すまでもなく、そこには必然的に統合作業が伴うと考えられます。さらに言うならば、弊社が担うマクロ情勢の分析は、目前のビジネス活動の時間軸とは合致しないこともありますが、中長期的な視点からビジネス・インテリジェンスを活用するための方策を、情報サイドと意思決定サイドのコミュニケーションを通じて模索する必要もありそうです。先述したアメリカの軍事作戦を担った、当時の司令官から聞いたところでは、意思決定者として、情報サイドと執行サイドの間の、より良い情報循環の構築に腐心したそうです。
アメリカの情報機関は、約半世紀はソビエト連邦との戦いに力を注ぎ、その後の20年間は対テロ戦争のために態勢を整え直し、今はまた新たな脅威、新たな技術、新たな領域を前に、その能力や組織を組み替える時が来ています。年間予算1,000億ドルのアメリカ情報機関とは比ぶるべくもありませんが、情報を扱う業界に身を置く者の一人として、あちらこちらで新しい試みが進んでいることに興奮を覚えていますし、その教訓は企業の情報活動にも応用可能なものが多いはずだと感じています。